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一年

2010.06.23 *Wed
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今日は、大切な人が空に昇ってから一年目の日。
雨から始まった今日だったけれど、私が外に出るころにはスッキリと晴れてくれて、とてもいい命日だった。

一年はとても早い。
まだ、あの日のことが昨日みたいに思える。

妹と乗った特急。
覚悟を決めたあの瞬間。
短かったけど永遠に思えた、永遠になってほしかった、でも早く終わらせてあげたかった、あの時間。
人の呼吸と体温を、記憶しなきゃと強く思って触れた、あの感触。
家族ってこういうものなんだと、こんなに強いもので繋がってたんだと思えた送るまでの日。

末期癌だった叔母は、最後の最後まで大事なものを身をもって教えてくれました。



叔母はいつも隙のないおしゃれをして、自分のお店を持ってバリバリ仕事をして、
国内、海外問わずたくさん旅行をして、物凄い行動力がある人。

美味しいものも大好きで、いつも話してくれたなぁ。
銀座の木村屋のあんパンが好きだと、最後のお正月に話してくれたっけ。

買って行ってあげればよかったなと、今思う。

後悔…というのかな。
もっともっと、なにかをすればよかった。
たくさんたくさん助けてもらったのに、何も恩返しできなかった。
舞台を作っている場合じゃなかったのかもしれない。
でも、私にはそれしかできなかった。

最後、その年の舞台が成功したことを報告したけれど、これは私の自己満足だったかもしれない。

でも。

それでも。

やっぱり舞台を作っている私が、私だからと、貫き通してしまった。

親不孝ものだし、叔母不幸ものだよなぁ。



ここからちょっとだけ、思い出し話。思い出じゃないよ、思い出し話(笑)



叔母が余命二年だと分かったのは、私の23歳の誕生日だった。
これもなんだか計算されていたみたいで、出来すぎだなって思ったけど、
この日だったからこそ、今から二年間で何かしなきゃって強く決心できたんだと思う。

叔母に見せるために、大きな舞台も二つ創った。
イベントプロデュースもして、800人集客もできた。
結局、叔母は体調が悪く見に来れなかったけれど、でも応援はしてくれて「あんたが好きなことやって、それが成功したんならいいのよ」と、笑いながらも厳しく言っていた。
だからこそ、どんなことでも頑張れたんだと思う。

この期間があって、いいチームにも恵まれてたから、
叔母が亡くなってからも、舞台を創ることは続けられている。

なんだろうな。
本当にあの人は偉大な人で、私の憧れだったから、
だから私しかできないことで彼女に示したいのかもしれない。





叔母の葬儀は、一週間ほど後になってからだったから、それまでの期間、私たちは全員で叔母を送る準備をした。

祭壇のデザイン、花の種類、色まで細かく決めて、なんと写真の周りはハート型のアーチ(笑)
白い菊なんてイヤ!!と、葬儀屋さんが言う規定を全て拒否!!
胡蝶蘭やピンクのカーネーションで埋まった祭壇は、それはもう可愛かったし嫌味がなかった。
母と妹のセンスは本当に自慢できる。

従姉妹は叔母に化粧をした。
これが、本当に綺麗で、今にも目を覚ましそうな生き生きとした化粧。
化粧をするってこういう意味があるんだと、その時初めて気付いた。

そして葬儀当日。
本当に素敵な葬儀だったと思う。
葬儀に悲しい以外のなにものもないと思っていたけれど、そんなことはない。
涙だけじゃなく、笑顔もいっぱいあった。

思い出話の、初めて聞く叔母と母の秘密の話、子供の頃の喧嘩の話、三姉妹(母と叔母の上にも姉がいる)仲良く遊んだ時の話…。
全部が全部、おなかを抱えて笑いながら泣ける話。
こんな暖かいお葬式もあるんだなって、初めて知った。


葬儀の最後、姪っ子全員でプレゼントをした。
従姉妹二人が手紙を読み、妹がピアノで別れの曲を弾き、
そして、私は初めて叔母の前で歌を歌った。

従姉妹が手紙を読み終わり、歌うために祭壇の前に立った時、ふと思い出したことがあった。


中学の時。叔母のお店に初めて行った日。
常連のお客さんが、親類の葬儀で娘が歌を歌ったんだと叔母に話していた。
それを横で聞いていると、叔母が私に言ったのだ。

「麻弥も、おばちゃんのお葬式の時は歌ってね」




泣けて泣けて仕方がなかった。
こんなに早くに来るなんて思ってなかった。
歌うことが、こんなに悲しいものだと思えたことはなかった。



無事になんてすまなかったけど、泣きながらも歌いきれたよ。
もうどんなことがあっても、これほど苦しい舞台はないと思うな。
でも、約束は守ったよ、おばちゃん。








あれから一年。
舞台も更に一つやれたし、また次の舞台が始動しています。
叔母が生きているときは、自分と言うよりも叔母のためだったけれど、
これは私自身のためのもの。

きっと叔母も見ていてくれていると思うし、
てか時々夢に出てきて「あんた、頑張りなさいよ!」とエールを送ってくれているので、
やってやろうじゃないの!と思います。

半年前、怖い顔をして「あんたが心配で上に逝けないんだけど。」と夢で言われた日はどうしようかと本気で思いましたが、今は笑顔で出てきてくれるので、ほっと一安心。
たかが夢。されど夢。
結構どこかと繋がっていると、私は思うんだよな。

とりあえず、ここ一カ月ほどの私の不安定さは、もうなくなると思うのでご安心ください。
まずはガリガリ書きます!
どんどん進めなきゃ、スピード大事!!

ここに書ききれないほど、あの日の思いはあるけれど、
それは表現で出していこうと思います。

さて、明日も頑張ろう。

空から美味しいもの食べつつ見ていてね!
これからも大好きだよ、みちおばちゃん。
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